2015年10月23日金曜日

きっと、星のせいじゃない / THE FAULT IN OUR STARS



TOHOシネマズ梅田できっと、星のせいじゃない を観ました。
(原題:The Fault in Our Stars)
アメリカでとても話題になった青春小説「さよならを待つふたりのために」
(もちろん原題はThe Fault in Our Stars)を映画化したものです。
「(500)日のサマー」の脚本コンビが手がけたということも話題になりました。

主人公のヘイゼルは高校生。甲状腺の癌を患い、肺にも移転。
学校にいくことも難しく友人もいなかったヘイゼルは母親に強く勧められ、
難病を患っている若者の集まりにしぶしぶ参加することになります。
そこで骨肉腫を患い片足を失ったオーガスタスに出会います。

出会う、というのは、お互いに
「あ…♡」と本当にわかりやすく一目惚れをしてしまうのです。

特にオーガスタスは一目見たときからずーーーーっとヘイゼルに夢中。
その気持ち良いほどのメロメロっぷりが、
本当に可愛くてにやにやしてしまうほどです。
なみなみと!これでもか!というぐらいに愛情を注ぐ。

でもガスの気持ちわかるよー、だってヘイゼル魅力的だもん。
めちゃくちゃ賢くて、頑固で、心が真っ直ぐでかわいい。
もちろん外見もすごくかわいい。ガスが一目惚れしてしまうのも納得できるほどに!
その説得力を携えたシャイリーンウッドリー!すばらしかったです。
オーガスタス役のアンセルエルゴートもなんか古臭い若者感が良かったです。
超なで肩〜。

そんな二人の恋してる姿が、きらきらと輝く映画です。

愛とは、若い女の子の美しさということは、
病気とは、そしてその末の死とは、
すべては疑うこともなく当たり前で
その迷いをなにひとつ感じない前提がこの物語の軸となっています。

それ故にこの設定で「在りそうな」言い合いや葛藤が
わりと少なくなってる様子を「新しいな〜」と単純に思いました。

「制限されている」という意識はもちろんあります。
けれどそこから飛び越えて、考えてる姿勢がとても伝わってきました。
そんな中でヘイゼルが後半に披露した"little infinites"(小さな無限たち)
のスピーチはひどく心揺さぶれる、素晴らしい発想の提示でした。号泣。

季節が過ぎ去ることで時間の流れを感じさせ、
そしてそれが意味するものはやっぱり二人の別れだし、
全体的なペースはとてもしっかりとしていたんだけど…
ただちょっ…と ちょっと…雑なところもあったように感じました。
あれもこれも突然ではないか?
例えばヴァンホーテンぷんすか事件とか、
あれはあんなもの?秘書の思惑さっぱりわからなすぎじゃない?
あんなもの?たまに本当になんだコレ?というのがめちゃくちゃ
大事なときにあったりしたように感じました。


それよりもなによりも…。
日本公開にあたっての邦題問題を感じました。


The Fault in Our Stars…

元はシェイクスピアのジュリアスシーザーより:
"The fault, dear Brutus, is not in our stars,
But in ourselves, that we are underlings."

つまり罪は我々の中にある、と。星のせい(与えられた運命)
ではないんだ。と。
その台詞からとってきて、あえて、彼女たちの現状を、
「星のせい」…としたのが原題。

でも邦題ではなぜか星のせいではない、になっている。

しかもきっと。きっとなの?星のせいなの?
星のせいじゃないの?きっと?なんなの?

"Its so unfair"、こんなのって不公平だ…と
泣きじゃくるヘイゼルはどうなる?
彼女のせいなのか?

それとも「星のせいじゃない?」て問いかけてきてるの?
それならわかるけどちょっと伝わりづらいよ。

実は邦題問題に関して思うことはいろいろあって、
どうしてこうなったんだろうナー、
あんまりよくないナー と感じることは多々あります。

ただこの映画に関しては本当にどうなってるんだろうと思いました。